Monthly Archives: 4月 2011

第10回ACEワークキャンプ参加 【九ちゃん】

九ちゃん

九ちゃん

のんびり、でも 濃かった1週間。

ワークキャンプのことを思い返してまず浮かんでくるのは、みんなの笑顔。ロングハウスやムヒバ、道ですれ違ったときなど、いろんな場所でたくさんの人がにっこりした顔を向けてくれます。ロングハウスに到着した日、おばあちゃんがキラキラした笑顔で迎えてくれた瞬間から、人見知りなんてどこかへ飛んでいきました。みんなが明るく接してくれるから、自然と私まで笑顔になっていました。

笑顔なのは作業中も同じ。大変な作業だって明るくかけっこをしたり、すれ違うときに「トゥリマカシ~(ありがとう)」と声を掛け合いました。
今回はレンガやセメントを使って魚の池を作りましたが、日本での日常生活ではほとんど経験しないことだったので、何も無いところに1からモノを作るということの大変さと村の人たちの手際の良さに、ただただ圧倒されていました。

ムヒバではメンバーとボール遊びをしたり、おりがみを折ったりしてゆっくり過ごしました。言葉が無くたって一緒になって遊べるのです!織物の作業部屋では、はた織り機を使っていたり、糸と糸を結んだり、糸を壁にかけたり、それぞれが自分のできる作業を一生懸命行っていました。何よりみんなの真剣な眼差しがとても印象的でした。

そして討論の時間!今まで討論などあまりしたことがない私にとってキャンパーのみんな、健さん、和代さんと話した時間はいい経験であり、慣れない司会の難しさに苦戦した時間でした。自分とは違う人生を生きてきた人と、同じ1つのことについて考えること。自然と自分を見つめ返す機会になりました。自分の考えの浅さやひきだしの少なさなど。。。もっと色んなことに関心を持ち、アンテナを張っていけたらと思います。

◎人との出会いってとても貴重なもの
今回のワークキャンプの中で町に行ってお昼を食べていたときのこと。隣のテーブルに日本人のお客さんがいることをお店の店員さんが和代さんと健さんに伝えてくれたという場面がありました。短い間でしたがお互いのことについて話をして連絡先を交換して...。
きっと健さんも和代さんも、いろんな人との出会いをとても大切にしてこられたのだと思います。今のシブでの活動に至るまでの経緯を聞いたときにもそう感じました。私も出会いというものを大切にしていきたいです。

そしてワークキャンプに参加して日常から離れることで感じたのが、いつも周りにいてくれる人へのありがたさです。家族、友達、近所の人、バイト先の子、大学の先生など。いつも見守ってくれている、お世話になっていることを改めて考える機会となりました。

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私はこのワークキャンプに参加する前、大学のことや将来のことで悩んでいました。
そんな中、知人から紹介してもらったことをきっかけに、親の助けや、健さん、和代さんのご協力により、参加することができました。

サラワクの大自然と、イバンの人たち、健さん、和代さん、キャンパーのみんな、
たくさんの人と出会い、様々なことを感じました。

ワークキャンプに参加したことで将来に関する悩みが解消したわけではありません。
でもこれから生きていくうえでこういう風に生きていけたらいいな、というものを少し得られた気がしています。
今回ワークキャンプに参加して感じたことが自分の成長の一部になっていくよう、少しずつ少しずつ大きくなっていこうと思います。

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第10回ACEワークキャンプ参加 【みあいちゃん】

みあいちゃん

みあいちゃん

夢のような9日間でした。私はいま竜宮城から戻ってきた浦島太郎みたいな気持ちです!
ロングハウスのみなさんやムヒバのメンバー、スタッフ、ワークキャンプの仲間たち、健さん和代さんと過ごした1週間は21年の人生の中で一番時間がゆっくり流れたように感じました。出会う人すべてが、垣根のない心で受け入れてくれました。笑顔だって日本ではなかなか出会えない200パーセントぐらいのスマイルで、こちらもすごくハッピーになれるような素敵な笑顔ばっかりでした。

「どうしてそんな笑顔になれるんかな?」バイトで営業スマイルばっかりで、カチカチの笑顔しかできない自分には最初それがすごく不思議でした。けれど、200パーセントの笑顔をいっぱいもらっていると自分も自然と笑顔になれました。そうして笑っていると、だんだん心がほぐれていきました。すると相手ももっと笑顔になってくれる。相手の心もほぐれてくる。お互いもっともっと笑顔になれる。いつの間にか、「笑顔って気持ちいいんやな!」と思えている自分がいました。笑顔がもっている力、それを肌で感じることができました。

おいしいごはん、自給自足の暮らし、たくさんの自然、エキゾチックなイバンダンスや耳に心地いいイバンの言葉、ろうそくの火を囲んで語り合ったこと、何よりたくさんの人との出会い、毎日が発見や感動の連続でした。

ワークキャンプで得たものは書いているときりがありません。たくさんの宝物をもらって私は日本に帰りました。帰った国は、震災からの復興がはじまったばかりの被災国でした。最初のうちはそのギャップに戸惑い、もらってきた「宝物」をどうしたら生かせるのかすごく悩みました。今もまだ答えは出ていません。だけど最近思うのは、「伝えよう」そして「やってみよう」ということです。

キャンプでもらってきた大事なもの(例えば笑顔の力、人に対して垣根を作らないことの大切さ)を日本の私の大切な人たちにも伝えていければそれはいろんな形で広がっていく。どんな事でも実際に見たり行動したりしないことには、何も分からないし変えられない。逆に少しでも実行できると、新しいものが見えてくる。そんなことをワークキャンプで気づかせてもらいました。話題がずれてしまいましたが、ほんとに貴重な経験ができたこと心から感謝しています。これからはキャンプでの経験を糧に、自分なりにいろんなチャレンジをしてみようと思っています。

キャンプを支えてくださった健さん、和代さん、ムヒバとロングハウスのみなさん、キャンパーのみんな、そしてこのワークキャンプに関わってくれた人全てに感謝しています!みんなだいすきです!!イバンの村は私の第二のホームになりました。必ずまた行きます!

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久しぶりのブログ

週に一度くらいは思うことを書きたいと思いながら、大分日が経ってしまった。毎日これが書きたい、この思いを残しておきたいと思いながら、なかなか思うようにゆかないものだ。マレーシアは昨日、Good Fridayで休みだったので、週末の今日と明日とで3連休。マレーシアはイスラム教を保護している国なのに、キリストの受難の金曜を国民の休日にしているところがすごい。多民族、多宗教なのに紛争のない理由がこんなところにもあるのだろう。

さて、そういうわけで少しゆとりが出来た。久々のブログ、今日は外国からの支援と日本がしている外国への支援について少し考えるところを書こう。

この度の東日本大震災では、ものすごい広い地域が大きな被害を受けた。犠牲となった方や行方不明者の捜索、被災罹患者の医療、瓦礫の撤去、原発の事故関係、生活物資や義捐金等々、様々な形で国内外から支援を受けた。外国からの素早い対応が有り難かった。これまで日本が、どこの国であれ緊急災害時には即座に多くの支援をし長期援助もしてきたから、この度は逆に多くの国々から支援を受けられたのだという。本当に有り難いことだと思う。誰かが困ったときに即座に助けの手を差し伸べることは素晴らしい。私自身がほとんど何も出来ないもどかしい思いでいるだけに、世界中の国々からの支援を本当にありがたいことだと思う。

日本はこれまで、たいていの場合支援する側で、受ける側にはならなかった。多分、戦後の復興時を除けば、このような規模の大きい形で支援を受ける側になったのは初めてだと思う。その日本の支援・援助の考え方について、一言だけ思うところを述べたい。

経済大国となった日本は、様々な形で被災国支援や途上国援助をしてきた。大小様々なプロジェクトで、大きな貢献をしてきて各国から感謝されている。日本人として誇らしい。が、反面、何とも気恥ずかしく感じる部分がある。それは、日本からの支援のテーマが「顔が見える援助」であることだ。「顔が見える援助」とは、援助を受けた人たちが、日本(人)に助けてもらったとはっきり分かってもらえる援助をするということだ。だから、例えば建物が出来れば必ず日本からの支援だと看板を出し、物品を購入すれば日の丸のラベルなどを貼ることになっている。同時に、現地の人たちの反響(謝辞)を報告書に書くことが義務づけられたりする。これが顔が見える援助(支援)なのである。

これを私が気恥ずかしいと思うのはおかしいのだろうか。支援なり援助を受けたら当然のことなのだろうか。私は支援や援助は受ける側の助けになればよいので、誰がしたかはした側から言うことではないと思えてならない。受けた側が、誰がしてくれたのか知りたい時に隠す必要はないが、自分がしてやったと言わんばかりの考え方はどうであろうか。メインテーマとすべきことは、「顔の見える援助(支援)」ではなくて、「本当に喜ばれる援助(支援)」に尽きるのではないだろうか。

今回日本は、多くの国々のお世話になっている。多くの国々がそれぞれ自分の国がやってあげたのだと宣伝まがいのことをしているだろうか。マレーシアにいる私にはその辺りは分からない。もしいろいろな国の人たちが、自分に出来ることをし、住民と交流して帰って行ったのならば、そして長く続く復興と同じように交流が続くならば、本当の心の理解が深まると思うのだが、どうだろうか。

 

  

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第10回ACEワークキャンプ参加 【めめちゃん】

めめちゃん

めめちゃん

第10回 ワークキャンプを体験して

私がこのキャンプに参加しようと思ったきっかけは、健さんの大学の講義でした。その内容は普段の授業では感じることのない鮮明で活き活きとしたものであり、実際に行かなければと思い、参加をしました。

実際に行くまでは、障害者施設でのボランティアという認識でしたが、全く違いました。

ムヒバのメンバーはとても自立をしていて、明るく楽しく時間を過ごしていて、一人ひとりができる範囲のことを出来る限りやり、時間をすごしていました。メンバーを見ていて、私は今医療福祉大学で勉強をしているのですが、自分が福祉について何もわかっていなかったことや、余計な枠組みなどを設けていてそれが自分や相手を狭めてしまっているということに気づきました。

生活の大半のロングハウスでは、そこに生活する人のホスピタリティーにとても感動しました。日本の生活では半ばシステム的になりつつあるおもてなしが、ここでは心からのものを感じました。ロングハウスで一番うれしかったことは、みんなの挨拶でした。日常通りすがりに義務的にいう「お疲れ様です」とは違う、笑顔たっぷりで心からの「ハロー」が今でも忘れられません。電気も限られた時間しかつかないなかでは、明かりもテレビもないのですが、灯されたロウソクの光の中で語り合うのはとても心地がよかったです。音も光もみんなで作って、それを共有する空間というのは現在の私達が忘れていた何かを思い起こさせるようでした。

健さんと和代さん、そしてキャンパーのみんなで即席家族のように過ごした時間は私の人生の中でかけがいのないものを新しく灯してくれました。本当にありがとうございました。

もし、このキャンプに参加を迷っている人がいたら、是非行って欲しいと思います。日常とちがう世界に足を踏み入れるだけで、あなたの世界観は何倍も膨らみます!

ここで出会えた人々とまた同じ場所や、違った領域でお会いできることを心から楽しみにしています。

めめ

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第10回ACEワークキャンプ参加 【マミちゃん】

マミちゃん

マミちゃん

ワークキャンプの感想を書こうとして、かれこれ4・5時間以上が経っています。

こんなに上手く言葉にできないのは初めてかもしれません。

でも、今1番思うのは、このタイミングでワークキャンプに参加することができて本当によかったということです。

思ったことの1部分ですが…

私の今の生活が“当たり前”だと思っていた。でも、それは“私”にとっての当たり前だった。

自分達で造り上げたものだから大事にできる。それは目に見えるものでも、そうでないものでも。

自分の意見が言えるということは、多くの知識と経験が必要。そしてそれらがやがて自分の自信に繋がっていく。

いろんなものに対して自分自身で勝手な型にはめていた。1番大きかったのは、自分自身を型にはめていた。本当は、もっといろんな自分がいる。

そして、今の自分に足りないもの。自分のすべきこと。これからの自分はどうあるべきか。

とても当たり前のことばかりかもしれませんが、今この時に身をもって感じることができたこと自体、私には大きな意味をもっていました。

この機会・このメンバーだったからこそ、素直に感じること・気づけること・考えることができたのではないかと思います。

これから先「人生のターニングポイントは?」と聞かれたら、「このワークキャンプです!!」と言うぐらいに、私にとって貴重な経験となったこのワークキャンプ。

このワークキャンプに出会えたことに、そしてそこで出会えた健さん・和代さん・じゅんさん・めめちゃん・みあいちゃん・きゅーちゃん・ロングハウスのみなさん・ムヒバのメンバーさん・スタッフの方々・そして行ってきな!!と背中を押してくれた家族のみんなに、ほんっっとに感謝です!!

きっと…いや絶対に、またワークキャンプに参加する!!と思っています。

その時成長した私でいられるように、学んだことをどう自分のモノにしていくか、どう活用していくかをしっかり考えながら日々の生活に・大学での勉強に頑張っていこうと思います。日々努力・日々勉強ですね。

次の時までに、自分の思いをちゃんと言葉にする練習もしておかないと!!

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商業音楽の音楽賞