マレーシアの障害者福祉概要-1

 

 PDKとは、Pemulihan Dalam Komunitiの頭文字を取ったものであり、1970年代に国連が提唱したCBR(Community Based Rehabilitation)のマレーシア語訳である。従って、PDKとCBRは本来同一概念のはずであるが、現場的には必ずしも概念通りには進められないことが多い。ここではCBRの基本概念について簡単に触れた後、マレーシアに於けるPDKの実際を記すこととする。  

 CBRの基本概念   

 CBRの考え方は1970年代に提唱され、1980年代になると幾つかの定義付けがなされた。それらのうち最も早いのは、WHOリハビリテーション専門会議の出したもので、「障害者自身やその家族が、その地域社会のなかに既にある資源に積極的に入り込み、利用し、そこに構築するアプローチ」とするものである。この定義は、やや厳密さに欠けるきらいがないわけではないが、余りに厳密なものは弊害も考えられるので、地域福祉実践の多様さを考えると妥当であると思われる。ただ、ときに日本流の福祉システム形成のなかで、CBRが生まれた背景と関係なく地域福祉活動の代名詞のようにCBRという言葉が使われる場合があるが、これは誤りである。その意味で、幾つかポイントを列記確認しておきたい。
  
 地域に福祉資源が整備されていない地域(国)の、障害者、家族、地域住民を対象としたものである。  
 ややもするとリハビリテーションの用語は医療面に偏って捉えられがちであるが、ここでは、障害者の人間としての復権を広く捉えたものとして理解されるべきであること。  
 施設を拠点としたリハビリテーション(Institution Based Rehabilitation)とは一線画して理解されるべきものであること。  
 地域のさまざまな資源の活用と相互協力を基礎にした、地域開発そのものを目指すものであること。  
 障害者の生涯にわたる地域社会の支援がCBRの基本概念であり、
高い専門性と専門家の権威を日常的に求めるものではないこと。  
 地域住民(当然、障害者を含む)が主役であることを、住民自身も、CBRワーカーも、地域行政も充分認識して進めること。  
 福祉資源の未だ不十分な、都市部以外で重点的に進められるべきこと。 

 マレーシアのPDK

 先に述べたように、CBRの対象は障害者を含む地域社会(コミュニティ)全体であり、コミュニティ自体が計画の立案、実施、評価に おいて主導するものである。また、立案評価には、障害者本人や障害者団体等のサービスの主体者が参加することが重要な点である。地域社会に根ざすことの意味は、障害種別や専門領域の垣根を設けないところに意味がある。さらに、従来の障害者の個人の能力を改善することを主目的とする考え方から、この活動によって新しい社会を創出することへの期待が込められている。即ち、CBRは単に地域社会が知己の資源を提供するだけでなく、また、孤立した障害改善プログラムでもなく、地域社会が責任を持って新たな社会を創出する地域開発の総合的なプログラムであるといえる。 

 以上の基本の考え方については、マレーシアにおいても違いはないが、マレーシアでは、この考え方を基礎にNGOが行っているさまざまな取り組みをCBRと呼び、マレーシア政府が重点方針としているものをPDKと呼んでいる。   

 以下に、政府主導のPDKの活動について記す。  
 
 現在マレーシアのPDKは、全国で約250カ所である。活動を進めるのはPDKワーカーである。1カ所あたり10人から20人程度の 規模で、実際には障害者をセンターに集めるセンター型といわれるものとワーカーが個々の家庭を訪問する家庭訪問型がある。ペナン州のPDKを例にとると、センター数15カ所、登録児童数220人、年齢は4歳から18歳である。ワーカーの人数は、登録児童数に応じて1~3名となっている。ワーカーの学歴や資格は問わない(マレーシアの場合、福祉関係の資格制度はなく、資格の有無は意味がないとも言える。)。政府は、ワーカーの人件費、場所の使用料、日常経費などを負担する。新たに開設するときは、開設諸経費も政府が負担する。なお、センターとして使用する建物は、民家であったり公共の場であったりする。 

 運営形態は様々であるが、いずれの場合も行政、ワーカー、地区住民による地域コミッティが構成され運営することになっている。   

 ペナン州でみると運営形態には二通りある。一つは、州の地区福祉行政官(日本でいえば福祉事務所職員)が、PDKのコミッティの 構成メンバーの一人になっていて、PDKは地区の住民、ワーカーとこの行政官で構成されたコミッティによって運営される形態である。  

 もうひとつは、PDKのコミッティは地区の住民だけで構成されていて、それとは別に行政官と各PDKワーカーによる上部組織があるという形態である。 

 上記2形態の模式図を図ー1、図ー2として示す。

 はじめの形態(図ー1)は、一人の行政官が各PDKのコミッティを忙しく回って日常活動内容や行事の調整や行政の意思伝達をしなければならないが、地区住民の意見を反映させられるというメリットがある。


 後者の場合(図ー2)は、行政官とPDKワーカーは一度の会議で諸問題の調整が出来るという利点があるが、そこで全てが決められることにより、住民の参加意識の低下という事態を招きかねないという欠点をもっている。

 PDKの留意点と今後の課題

*留意点
 マレーシアが多民族多宗教国家であることから幾つかの留意すべき点がある。先ずあげられるのが、障害観、家族扶養観の違いであろう。端的に言えば、マレー系は全てはアラーの神さまから授かったものという考えがあり、障害もまた良く言えば受容するという障害観である。家族も地域住民もその考えの延長から、特別の教育や訓練に対して余り積極的でない面が感じられる。一方中国系は、障害を因果応報的に考えて恥ずかしいと考える比較的年輩の層の人たちと、非常に教育熱心なグループに分かれるようである。さらに主として宗教の違いによる食事の制限も留意すべき点と言えるだろう。特にマレー系(イスラム教)の食事制限は厳しく、一緒に食卓を囲むということが困難なことが多い。さらにしよう言語の問題もある。これらに配慮しながら、PDKは方法を模索しながら活動が続けられている。

*課題 
 マレーシアに於ける行政主導のPDKにはさまざまな課題がある。行政自体にCBRの基本概念がどこまで理解されているか、また国として今後の障害者福祉にどのような展望を持っているかといった基本課題もある。
 具体的な地域活動としては、どのように住民の参加意識を高めるか、適切な地区コミッティのメンバーをどのように選び、形骸化しがちなコミッティを如何に活性化するか、PDKワーカーの理念・意欲を基本にした資質向上をどのように図るか、などは当面の課題といえるだろう。ちなみに、マレーシアのPDKには日本から相当数の青年海外協力隊員(理学療法士、作業療法士、福祉隊員)が派遣されているが、比較的若い協力隊員が州政府のPDK指導者として役割を果たしうるか、また、隊員自身の福祉観や障害観などから考えても再考の必要があるように思われる。
 なお、PDKワーカーの研修も行われている。一例を挙げると、以下の項目について5日間で終了するというもので、現場のワーカーの実質的な資質を高めるというにはほど遠いといわざるを得ない。

  ・福祉局の組織と障害者サービス
  ・PDKの概念の説明 
  ・PDKのプログラムと活動の種類の説明
  ・音楽療法
  ・施設見学
  ・障害者福祉の歴史と“ビジョン2020”の説明
  ・遊戯療法(講義と実習)
  ・日常生活動作(講義と実習)
  ・評価、終了式

 マレーシアのPDKを、CBRの理念にかなったものに育てるには、なおかなりの時間を要するものと思われる。具体的な展望をもち、計画を立て、実行してゆく連邦政府をはじめとする関係者の努力が期待される。

 課題は多いものの現状においても、家の中に閉じこもってどこも行き場のなかった子どもたちに、活動の場を提供し、他の人たちと関わる機会が与えられたことの意味が大きいことは確かである。

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