涙もろさとクールさと

悲しいときに涙し、嬉しいときも涙にくれる。純で水晶に譬えられる涙もあれば、血を想う涙もある。

若い頃、涙もろくて困った。本を読んでも映画を見ても、娘たちとアニメを見ても涙したものだ。テレビで「みなしごハッチ」など見ていて、クライマックスが近づくと娘たちはテレビでなく私を振り返っている。お父さんきっと泣くよ!見ててごらん、というわけだ。

やがて心を入れ替えた。可哀想だといって泣いていても何にもならない。障害福祉の仕事をしていたが、重い障害の子が可哀想だ、ご家族が気の毒だと涙しても何の役にも立たないと知った。だから、心の感受性は豊かに、表現はクールに、と決意した。あれから40年! だから私は人々から、クールな人と見られているかも知れない。しめしめである。

だが、どんなに決意しても、名作の映画やテレビドラマやアニメにはかなわない。かつてのアメリカの名画「12人の怒れる男たち」など、今思い出しても胸が震える。生きて来る上で、どれほど多くのことを学ばせてもらったか計れない。割と最近、といってもかなり前だが、アニメ「風の谷のナウシカ」や映画「しこふんじゃった」は、もう何十回見たか。今も涙なしに見られない美しさだ。絆、愛、生命には、涙腺に直結するスパイスが含まれているようだ。

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