明日の日本に向かって

大震災後に東北を中心に日本が変わってきているという。NHKに出演された堀田力さんの話である。法務省の検事を定年前に辞められた堀田さんは「さわやか福祉財団」を設立されたが、私がACEを始めるとすぐ会員になってくださり、以来ずっと会の顧問を引き受けて下さっている。

阪神淡路大震災の時、沢山の若者が何か出来ることをしようと阪神に向かい、それによって一般にボランティアが知られるようになったが、今回の東日本大震災では、人数だけでなく、深まりを見せていると堀田さんは言う。「共助」という思いと行動が、若い人たちの間で根付いてきている、素晴らしいことだ、新しい価値観が生まれてきている、と。NHKが、復興財源に増税を認めるかと国民にアンケートをした結果、増税反対は26%にとどまったと言う。これを見た堀田さん、増税と聞いただけで経済が冷える、国民が承知しないから反対などといっているのは政治家ばかり、国民の間に広がっている「助け合い」の思いに、もっと目と耳を傾けなければ、と言う。

我が意を得たりである。堀田さんが言われるように、Public、公共という概念を日本に取り戻そう。被災した人たちが本当に安心して暮らし働けるための土台は、国民がみんなで担おう。安心と安全と生き甲斐のある、新しい村や町が出来るように、被災しなかった者が可能な範囲で負担しようではないか。何故こんな形で、東北・関東の人たちが愛する人を奪われ、家も仕事も何もかも奪われなければならなかったのか。日本中を代表して神様の怒りに触れたのだろうか。昼と同じくらい明るい夜、何でも手に入る物の豊富さ、行き過ぎとしか思えない便利さ。これを支えてきた原発による電力。このままで良いはずがない。

しかも、東海地震も首都直下型も南海地震だって、明日起こっても不思議でない状況らしい。もう贅沢追求型の暮らしを見直す以外の選択肢はないのではなかろうか。

大きい消費による大きい経済、右肩上がりの成長が幸せの条件だった。原子力の平和利用、安全で経済的で環境に優しい原子力発電。それら全ての神話が崩れたといえるのではないか。考えてみれば、経済的とは、少ない消費で大きい幸せを手に入れることではなかったか。いま私は、名著シューマッハーの「スモール イズ ビューティフル」(講談社学術文庫刊)を再読している。人間中心の経済学という副題が付いている。是非とも多くの方に読んでほしい。

私がいま居る、物の豊富さやお金の意味では貧しいボルネオのイバンの村の人たちの、豊かな笑顔と笑い声の中にいると、明るい夜よりもローソクの灯の周りで笑い合う方が絶対幸せだと思う。私たちが、求めているものは一体、何なのだろうか。

最後にもう一つ。原発である。安全性だけの問題ではない。仮に安全性が確保されたとしても、使用済み廃棄物の処理問題と廃炉後の冷却問題は解決していない。シューマッハーは言う。自分でどうして良いか分からない問題の解決を、子孫に押しつけている、と。

日本は世界に先駆けて、時間はかかるだろうが原発廃止のスケジュールをつくり、実行してほしい。今回の事故を教訓にそれが出来たら、本当の意味で日本は立ち直れる。新しい世界のモデルを創ってほしい。そのためには、政治家や有力者がどうでなく、国民の一人ひとりが新しい価値観に転換することが必要だ。希望を持ってその実現に向かう時代づくりの熱が欠かせない。私たちの世代だけでなく、子の世代、孫の世代、ずっとずっと続いてほしい子孫につながることなのだが、それは可能だろうか。

私は、「共助」思想が世代内、異世代間で広がることで、未来に向かって確実に可能だと信じている。それが確かな幸せへの道だから、である。

 

 

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